斜面の安定計算。
 簡単なようで奥が深い。
 最近では3次元、疑似3次元など高度な解析方法もありますが、正直、現実の斜面にフィットさせるのは不可能で、結局、自己満足の世界なんだろうと思います。

 多額のコストをかけて3次元解析して設計しても、たいして変わり映えのない結果になります。
 華々しく見えるのは解析の部分だけ。
 3次元表示で対策工もモデル化すれば、見た目は華々しくなりますけれど。

 中身の設計は、結局のところ、昔と変わらない構造計算なのです。
 じゃぁ、限りなく簡単な、誰でもわかりやすいモデルの方がいいじゃない。

 それはさておき、
 斜面の安定計算において重要な要素が幾つかあります。
 そのひとつが現状安全率の設定です。

 なんだ、簡単なことじゃん、現状1.0か0.98か0.95(場合によっては1.05)とかでしょ?
 そういうあなたは設計している人ですね。

 でも、違うのです。私が言いたいのは、そのFs=1.0あるいは0.95,0.98などの数字を与えるシチュエーションなのです。
 もちろん、現状安全率の設定値を決めるのも重要ですよ。計画安全率は基準で決めやすい方だと思うので、現状安全率の設定の方がシビアでしょう。

 さて、その現状安全率を与えるパターン(シチュエーション)ですが大きく3つあります。

1.切土などした断面形状をFs=1.0などに設定する方法
 これは、施工時に切土断面形状は辛うじて維持できると想定される場合です。
 例えば、土砂を1:0.3の急勾配で切ります、といった場合では適用できないと思います。
 3分で切れますか?一時的にでも安定できますか?という指摘を受けるでしょう。
 ですので、土砂なら1:0.5より緩い断面で、かつ背後に不安定要素が無い場合でしょう。

2.自然斜面状態(切土等の前)の断面形状をFs=1.0などに設定する方法
 よく使われます。
 なぜか?現状の自然斜面はFs>1.0なのは間違いない事実です。
 もちろんFs=1.3やそれ以上あるかも知れません。
 ですが、1.0以上は確実なので、そこを1.0にしたら間違いなく安全に設計できるのです。
 この、間違いない!というフレーズこそ多用される理由です。
 もちろん、変状進行中ならその程度に合わせて0.95,0.98などに設定します。

 ただし、1点だけ課題があります。
 それは、現状の自然斜面の勾配が何らかの理由で緩い場合。
 この場合は、せん断強度(c、φ)が小さく出てきます。
 内部摩擦角φ(ファイ)を固定して粘着力cを与える場合はcが極端に小さくなります。
 その緩い斜面で、Fs=1.0となる内部摩擦角と粘着力を算定する訳ですから。
 そうすると、切った急勾配断面形状では異常な大きさの不足抑止力(必要抑止力)が算定されてしまうことになります。
 単純に、この方法が一番確実と思ったらだめ。
 悪魔の言葉、「ケースバイケース」なのです。

3.切土した安定法面断面形状をFs=1.2などの計画安全率イコールに設定する方法
 これは玄人。
 理論は土質から設定した安定勾配(標準勾配)が安全率に直すと1.2は取れているはずだということから成り立っています。
 理屈は合ってますよね。
 切土断面を1.0で安定勾配として、これでオープン切土法面にします。
 植生のみの保護です、といった時、この法面の安定度は1.2ありますというもの。
 おかしくは、ないでしょう?

 これは、ちゃんと文献に示された手法ですが、メジャーな「道路土工 切土工・斜面安定工指針(平成21年度版)公益社団法人日本道路協会」ではなく、「長大切土のり面の縮小化工法に関する手引き」H9.3 JH日本道路公団」に記載されている手法なのです。
 


 どうですか?
 現状安全率の設定では、単に現状のFsを1.0、0.98,0.95(場合によっては1.05)に設定するのがメインでは無いのです。
 どの状態、シチュエーションで、その数値なのか?
 これこそが本質なのです。

  ちなみに、現状安全率設定は次のような例が最も多いです。
   ・辛うじて安定している  Fs=1.0
   ・降雨等に伴い変状が進行 Fs=0.98
   ・常に変状が進行     Fs=0.95
   (稀に、間違いなく安定しているので1.0では安全側過ぎる場合 Fs=1.05)

  ついでに、計画安全率は次のように設定する例が多いです。
   ・道路法面や民家裏等の急傾斜地 PFS=1.2
   ・災害復旧における重要度の落ちる斜面等 PFS=1.12~1.15
    (現状復旧の観点で重要度に合わせることがある)
   ・仮設時の安定を確保する    PFS=1.05


 みなさんも、私も、一緒に勉強して成長していきましょう。
 普段やっていることも、突き詰めていくと、まだまだ奥が深いこともあります。
 探求心を忘れずに日々を過ごしたく存じます。
 子供の頃のように。