「この世界に平等なんて無い」
私は、常にそう、思っている。
そんな、無茶苦茶なことを言う。。。。
そんな、話です。
マトモな人は読まない方がいい(笑)
だけど、考えれば考えるほど、人間ってのは不思議なもんだと思う。
太古の昔は大型の獣類の餌だったのに、今では地球上の生物の頂点。
神にでもなろうかと言う勢い。
そのうち、AIに取って代わられるだろうけど(笑)
ターミネーターみたいにね。
さて、前振りはこのへんで。
私がいつも思う、平等、公平って言葉を聞くと、なんか違うなと思うのと、それが故に結果、逆説的ではあるものの頑張れるのかも知れないという、飛躍的なことを書きます。
事実、私はそうやって、頑張ってきたのかも知れないし。
何度も、言う。
マトモな人は読むな(笑)
辞書とかで見るとなんて書いている?「平等」って。
平等院鳳凰堂ではないからね。
かたよりや差別がなく、みな等しいこと。また、そのさま。
全ての事物が差別なく同じ基準でとらえられること。
そんな感じで書かれているのではないでしょうか。。。
だから?
今の世間は、そうなってんじゃん。って?
そうだね。
平等に扱うとか、差別なく同じ基準でとらえるとか。。。
そう、法の下の平等とか、そんなんかな?
そんな方面では、そうかも知れない。
いわゆる建前の世界だと思っている。
(個人的な感想)
だけど、私はいつも思う。。。。
そもそも。
生まれた時点で平等ではない。
恐らく、そう。
世界には、生まれてすぐに命の危機に晒される国や地域もある。
そもそも、人間に生まれていないかも知れない。
人間に生まれても、すぐに消えてしまう命もある。
耐えられない病気に遭遇してしまった人もたくさんいる。
親からの愛を受けられない子供たちもいる。。。。
金持ちの家に生まれる、貧しい家に生まれる。
金持ちの家の裕福なペット、ご飯を食うのもやっとの家族。。。
とても平等とは思えない。
正直、思いたくない。
考えれば考えるほど、アタマがおかしくなりそうになる。
これらをひっくるめると、「平等」なんて言葉は合言葉だと思う。
キャッチフレーズか?
もちろん、心の平等はあるかも知れない。
平等を願う心という平等。
だけど、それも、現実世界の全ての平等をなすものにはならない。
恐らくだけど、そう。
そんなことを、時々思う。
歳を取ったせいかもしれない。
私は、そこそこの年齢まで生きてきた。
戦国時代なら老齢にて死んでても不思議ではない。
そんな私も、サラリーマンをして、そして途中で追われたけど、今は個人事業主で生活できている。
先に例えた辛い話と比較すると、そんな苦労はゴミみたいな話で、とても幸せな人だと思う。
あり得ない程、幸せだと思う。
例え、非情な苦痛を受けたり、苦しんだり、悲しんだりしてきていても、今、今がある。
それは、とても幸せなことだと思う。
なぜ、そんなことを言うのか?
人は必ず挫折する。大抵の人は必ず。
そんな時、私は、こう思う。
この世界は平等なんかではない、その中で、自分は、ここまで歩いてきた。。。。。
歩くことができた。。。。ありがたいことなのだ。
生きる事すらままならない国や地域もあるというのに。
そう、思い、己に喝を入れるのである。
己の甘えた気持ちや姿勢を糾弾するのである。自らで。
人に生まれ、戦争のない?現代の日本に生まれ、そうして、ここまで生きながらえている。
そう、どうにか、こうにか、生きながらえている。
奇しくも今日は8月15日。
太平洋戦争が終わった日である。
生まれた時代が違うのも、平等ではないと思う。
お盆前後はTVで悲しい話がたくさん流れるので、余計にセンチメンタルになるのかも知れない。
そう、少なくとも現代を生きているということだけで、とても幸せなのだろう。
今のところは。そして未来は知らんけど。
きっと。
そんな今があるから、今を大切に、そして限りある将来のために。。。。
いちいち挫折している余裕は無いのだ。
そう思うのだ。
過去に死にたいくらい辛いことも沢山あったさ。
人だもの。
そんなことは、他人には解らない。
そして、他人の本当の痛みも私には解り得ない。
真実の領域においては、共に不可能だと思う。
そう、結局、己の苦しみや歩いてきた道を知るのは己しか居ないのだ。
だからこそ、ここまで来たのだから、行ける所まで全力で行けと自らに言う。
自分に。。。。。喝を入れられるのは、己しかいない。
結局のところ、そう。
苦しい道も歩んだかもしれんが、せっかく、ここまで生かせてもらったんだからさ。
このまま、もう少しだけ先に向かって歩かせてくれればさ。
それで、私は十分に満足なんだ。
それで、十分に幸せなんだ。
私は、たぶんね。
だから、倒れても、何度でも立ち上がるのだ。
足が、立たなくなっても、立ち上がるのだ。
この平等ではない世界で、ささやかな幸せを、少しでももらえたのなら、その限りある将来を繋ぐために。
あと、どれだけ歩けるだろうか。
だからこそ、しゃがみ込んでいる余裕は無いんだ。
そう、己に鞭を打つ。
それで、いいと思う。
それ以上を望んだとて、この世界に平等なんてないのだから。。。。
要らぬモノを望む暇があったら、前に進めと。
それでいいのだと。
ある意味、究極の精神領域なのかも知れない。
さて、もうひと仕事、頑張ろうか!
センチメンタルに浸っている暇なんてないからな!
まだまだ戦える、仕事で(笑)
私は、常にそう、思っている。
そんな、無茶苦茶なことを言う。。。。
そんな、話です。
マトモな人は読まない方がいい(笑)
だけど、考えれば考えるほど、人間ってのは不思議なもんだと思う。
太古の昔は大型の獣類の餌だったのに、今では地球上の生物の頂点。
神にでもなろうかと言う勢い。
そのうち、AIに取って代わられるだろうけど(笑)
ターミネーターみたいにね。
さて、前振りはこのへんで。
私がいつも思う、平等、公平って言葉を聞くと、なんか違うなと思うのと、それが故に結果、逆説的ではあるものの頑張れるのかも知れないという、飛躍的なことを書きます。
事実、私はそうやって、頑張ってきたのかも知れないし。
何度も、言う。
マトモな人は読むな(笑)
辞書とかで見るとなんて書いている?「平等」って。
平等院鳳凰堂ではないからね。
かたよりや差別がなく、みな等しいこと。また、そのさま。
全ての事物が差別なく同じ基準でとらえられること。
そんな感じで書かれているのではないでしょうか。。。
だから?
今の世間は、そうなってんじゃん。って?
そうだね。
平等に扱うとか、差別なく同じ基準でとらえるとか。。。
そう、法の下の平等とか、そんなんかな?
そんな方面では、そうかも知れない。
いわゆる建前の世界だと思っている。
(個人的な感想)
だけど、私はいつも思う。。。。
そもそも。
生まれた時点で平等ではない。
恐らく、そう。
世界には、生まれてすぐに命の危機に晒される国や地域もある。
そもそも、人間に生まれていないかも知れない。
人間に生まれても、すぐに消えてしまう命もある。
耐えられない病気に遭遇してしまった人もたくさんいる。
親からの愛を受けられない子供たちもいる。。。。
金持ちの家に生まれる、貧しい家に生まれる。
金持ちの家の裕福なペット、ご飯を食うのもやっとの家族。。。
とても平等とは思えない。
正直、思いたくない。
考えれば考えるほど、アタマがおかしくなりそうになる。
これらをひっくるめると、「平等」なんて言葉は合言葉だと思う。
キャッチフレーズか?
もちろん、心の平等はあるかも知れない。
平等を願う心という平等。
だけど、それも、現実世界の全ての平等をなすものにはならない。
恐らくだけど、そう。
そんなことを、時々思う。
歳を取ったせいかもしれない。
私は、そこそこの年齢まで生きてきた。
戦国時代なら老齢にて死んでても不思議ではない。
そんな私も、サラリーマンをして、そして途中で追われたけど、今は個人事業主で生活できている。
先に例えた辛い話と比較すると、そんな苦労はゴミみたいな話で、とても幸せな人だと思う。
あり得ない程、幸せだと思う。
例え、非情な苦痛を受けたり、苦しんだり、悲しんだりしてきていても、今、今がある。
それは、とても幸せなことだと思う。
なぜ、そんなことを言うのか?
人は必ず挫折する。大抵の人は必ず。
そんな時、私は、こう思う。
この世界は平等なんかではない、その中で、自分は、ここまで歩いてきた。。。。。
歩くことができた。。。。ありがたいことなのだ。
生きる事すらままならない国や地域もあるというのに。
そう、思い、己に喝を入れるのである。
己の甘えた気持ちや姿勢を糾弾するのである。自らで。
人に生まれ、戦争のない?現代の日本に生まれ、そうして、ここまで生きながらえている。
そう、どうにか、こうにか、生きながらえている。
奇しくも今日は8月15日。
太平洋戦争が終わった日である。
生まれた時代が違うのも、平等ではないと思う。
お盆前後はTVで悲しい話がたくさん流れるので、余計にセンチメンタルになるのかも知れない。
そう、少なくとも現代を生きているということだけで、とても幸せなのだろう。
今のところは。そして未来は知らんけど。
きっと。
そんな今があるから、今を大切に、そして限りある将来のために。。。。
いちいち挫折している余裕は無いのだ。
そう思うのだ。
過去に死にたいくらい辛いことも沢山あったさ。
人だもの。
そんなことは、他人には解らない。
そして、他人の本当の痛みも私には解り得ない。
真実の領域においては、共に不可能だと思う。
そう、結局、己の苦しみや歩いてきた道を知るのは己しか居ないのだ。
だからこそ、ここまで来たのだから、行ける所まで全力で行けと自らに言う。
自分に。。。。。喝を入れられるのは、己しかいない。
結局のところ、そう。
苦しい道も歩んだかもしれんが、せっかく、ここまで生かせてもらったんだからさ。
このまま、もう少しだけ先に向かって歩かせてくれればさ。
それで、私は十分に満足なんだ。
それで、十分に幸せなんだ。
私は、たぶんね。
だから、倒れても、何度でも立ち上がるのだ。
足が、立たなくなっても、立ち上がるのだ。
この平等ではない世界で、ささやかな幸せを、少しでももらえたのなら、その限りある将来を繋ぐために。
あと、どれだけ歩けるだろうか。
だからこそ、しゃがみ込んでいる余裕は無いんだ。
そう、己に鞭を打つ。
それで、いいと思う。
それ以上を望んだとて、この世界に平等なんてないのだから。。。。
要らぬモノを望む暇があったら、前に進めと。
それでいいのだと。
ある意味、究極の精神領域なのかも知れない。
さて、もうひと仕事、頑張ろうか!
センチメンタルに浸っている暇なんてないからな!
まだまだ戦える、仕事で(笑)
コメント