「片切且元の燈籠」
現場で宿泊した三朝温泉にて。
ホタルを鑑賞しに出かけた帰りに気が付きました。
ふと、ホテルの玄関横に気になるものが。
片桐且元だと??

知っている!
でも知り合いでは無い(笑)
突然の出逢いで、ちょっと驚きました。
まさか、ここに、こんな史跡?があるんだ、って。

パネルに書かれていることを以下に転記しました。
片桐且元(1556~1615)
寄進の燈籠
安土桃山時代の武将、市正と称す。
近江の国に生まれ秀吉に仕え賤ケ岳の闘いで所謂、七本槍の独りとして武功をたてる。
秀吉没後は補佐役となるが、
淀君に疎まれ大坂城を退去した。
豊臣家の将来を祈願して西国の総鎮守 出雲大社に寄進したのがこの燈籠である。
と書いてあります。
調べたら、大坂城を退去した後は、徳川方について激動の時代を生き延びたそうです。
有名な、鐘?の事件に関わったということで、大坂で暗殺されそうになったとのこと。
淀君に疎まれてというか、暗殺されそうになったんですよね。
そう、「国家安康」「君臣豊楽」の方広寺鐘銘事件で。
それはそうと。
実は、賤ケ岳の合戦の開戦場所に行ったことあるんです。
興味ある人はどうぞ。
この記事です。
関連記事【賤ヶ岳の合戦の開戦場所】
>>>滋賀県の余呉湖(賤ヶ岳の合戦の開戦場所)静かな湖です
現場で宿泊した三朝温泉にて。
ホタルを鑑賞しに出かけた帰りに気が付きました。
ふと、ホテルの玄関横に気になるものが。
片桐且元だと??

知っている!
でも知り合いでは無い(笑)
突然の出逢いで、ちょっと驚きました。
まさか、ここに、こんな史跡?があるんだ、って。

パネルに書かれていることを以下に転記しました。
片桐且元(1556~1615)
寄進の燈籠
安土桃山時代の武将、市正と称す。
近江の国に生まれ秀吉に仕え賤ケ岳の闘いで所謂、七本槍の独りとして武功をたてる。
秀吉没後は補佐役となるが、
淀君に疎まれ大坂城を退去した。
豊臣家の将来を祈願して西国の総鎮守 出雲大社に寄進したのがこの燈籠である。
と書いてあります。
調べたら、大坂城を退去した後は、徳川方について激動の時代を生き延びたそうです。
有名な、鐘?の事件に関わったということで、大坂で暗殺されそうになったとのこと。
淀君に疎まれてというか、暗殺されそうになったんですよね。
そう、「国家安康」「君臣豊楽」の方広寺鐘銘事件で。
それはそうと。
実は、賤ケ岳の合戦の開戦場所に行ったことあるんです。
興味ある人はどうぞ。
この記事です。
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