「不屈の闘志は不屈なのか?」

■不屈の闘志とは?

 「不屈の闘志」という言葉を聞きます。
 強い人、一流のスポーツマン、スポ根マンガの主人公などなど。。。
 不屈の闘志が似合う対象は様々。
 精神が炎を纏うかのイメージ。

 だけど、不屈のニート、不屈のヒモなどは言わない(笑)
 そう、基本、根性の極みなので、そっち側の対象じゃないと語呂が合わない。
 魂が燃え上がってない感じだからかな。

 ちなみに、不屈の闘志をしらべると。
 「不屈の闘志」とは、どんな困難や逆境にも屈せず、決してあきらめない強い意志や心の姿勢を指す。
 だ、そうです。

 読んで字のごとく。でしたね。
 それだけ直球な言葉でした。


■不屈の闘志は不屈なのか?

 これ、難しいでしょ?
 水掛け論というか。。。。。
 不屈だから不屈の闘志なんだろ?!ってね。

 だけど、結果として不屈なんだと私は思う。
 苦闘の末、耐え抜いてきたから、そこで不屈の闘志が成立する。
 最初から不屈の闘志が成立している訳ではないのだと。
 そう思います。
 ややこしいねぇ。。。相変わらずの。

 何が言いたいか?
 そう!

 強靭な精神力、諦めない強い意志、これを伴って、何度でも立ち上がる、あるいは上手くいかなくてもいつか上手くいくはずと試行錯誤して必死で継続するなど。
 こんなのが辿り着く先が「不屈の闘志」なのだと思う!私は。

 だから、見出しにある「不屈の闘志は不屈なのか?」は、不屈だから不屈の闘志なのだとなる(笑)
 もはや、とんちか??

 何度も言う!
 結論としては、不屈だから不屈の闘志なので、屈してしまったら不屈の闘志ではなくなるのだ。(笑)
 だから、最上級の精神力を持ち合わせた人の話であり、最上級の精神論でもある訳だ。
 なので、屈しない! 

 そんな人って、たぶんだけど、無駄な努力もいつか輝きを放つ努力に変えてしまうんだろうね。
 そんな人に、私もなりたい。。。。


■不屈の闘志の根源って何だろう?手に入る??

 不屈の闘志の根源。
 結論として、「精神力」でしょうね。。。。
 当たり前の話かも。

 今じゃ、会社でも学校でも、精神論を強いたらハラスメント扱いされる時代。
 会社で「精神力をみせろ!」なんて言ったら、更迭。。。。。
 恐ろしい時代になりました。

 しかし、それと同時に残念な事とも思います。
 真なる努力や諦めないチカラには、必ず精神力(精神論)が伴うはず。
 それを抜くということは。。。。
 あるいは表に出して言えないということは。。。。
 ゆとり。。。か?

 どうやって努力してもらう?
 これ、人にやって欲しい場合の話。
 たとえば、会社で新入社員や部下に対して。
 精神論抜きで頑張ってもらう方法ってトコで壁に当たらないかい?
 正直、私には、精神論抜きで努力してもらう方法が見つからない。
 会社に給料もらって雇われているにもかかわらず、必要なスキルを勉強しないとか。。。
 それをしようねって言っても、やってくれないとか。。。
 精神論を説く以前の話もあるかもしれないが。。。。
 そう、実情(現実)は、かなり厳しいはずだ(笑)
 恐ろしい時代だ。
  
 グダグダ書いたが、最初に書いた結論は変わらない。
 不屈の闘志の根源は精神力だろう。
 精神力を説けぬなら、不屈の闘志も存在しない。
 そこに、夢はあるのか?
 そんなトコまで行きそうだ(笑)

 だから!
 私は自分に対してだけでも、精神論(マインド)を説きたい(笑)
 はぁ?ですよね(笑)
 
 冗談ちょっとの本気ほとんど。
 こういう時代ですから、自分に精神論を説いて、精神力をふり絞るスキル?クセ?を沁み込ませたい!
 そこから自分に「不屈の闘志」を宿らせたい!
 そう思います。

 何の結論かは知らんけど。
 他人に「不屈の闘志」は強要できない時代!
 もちろん、人から自分に「不屈の闘志」を強要されない時代!

 だが、自分自身に「不屈の闘志」を課すことは可能!
 これ、盲点?!(笑)
 と、思った次第です。
 自己催眠みたいな話ですが、ココに気づき、シメタ!と思ったアホな私は不屈の闘志を手に入れられるかも知れません(笑)
 少なくともエントリーはできるかも。

 そうだよね。
 「不屈の闘志」を手に入れるには、ある意味、アホにならんといかんのだと思いました。
 賢すぎると、途中で諦めるんだと思う。
 成る確率が一定率を切ると、止める。賢いヤツは。
 それも正しいミチだと思う。

 それでも止めずに根性で続けるヤツの中から、やがて「不屈の闘志」が生まれる。
 そうゆうことでしょ?
 (ほんま?)

 成功率が低くても。。。。  
 簡単に諦めない精神!
 結局ココなんだと思った。